日々生活していると、思いもかけない面白い事が多々起こる。
こんな事ってありえるんか!って事に遭遇すると、人間はしばし固まった後、大爆笑に陥る。
そのとき、万が一それが
「笑ってはいけない場所」
だった場合、笑いが二乗され、いわゆる「ツボ」のスイッチが押されるのだ。
(は~!もう駄目~~~。許して~~。)
状態である。
シリアスな場面ほど、その効力は絶大で、腹筋のあらゆるツボスイッチが押されてゆく。
人生の中で、ドリフ大爆笑のように、扉が勝手に開いたり、天井から水が落ちてきたりすることは、そうそう無いと思われるが、私は大学時代にそれを経験している。はい、見事に
「ツボスイッチオ~~ン!」
されましたよ。
そんな奇跡の現実コントをご紹介しようと思う。
三流大学に合格した私は、貧乏学生だった為、学費や食費も自分で稼がなければならなかった。
「バイト先を探さなければ・・・。」
そう、アルバイトである。
しかし、私が受かった大学は、ちょ~田舎にあったため、そうそう雇ってくれるとこは無かった。
コンビニも自転車で通えるところは全て回ったが、すでに人員が一杯だったため、全滅であった。
「う~ん。どうすんべ・・・。」
今日位に見つけないと、バイト先が見つかったとしても、バイト代が入るのは1ヶ月先。田舎からの入学のためにもらった仕送りが底をつく。
「ここしかね~かな・・・」
私は唯一、駅前でバイト募集の看板を高々と掲げる某ハンバーガーショップに足を向けた。
ハンバーガーショップ?いいんじゃない?
と、思われるかもいれないが、
「あそこだけはやめとけ!」
と、先輩達に言われているところだった。私も客として来店したことはあるが、可愛い高校生が接客していて、いろんな意味で好感を持っていた。それなのに何が駄目なのか?
「ダメダメ、つぶれるって。」
先輩達は半笑いで、1日ももたないと私に言っていた。
かたくなに理由を言ってくれず、私も最初からこのバイトは眼中になかった。しか~し、私も貧乏学生。
背に腹は代えられない!
「よし、行けば理由も分かるし、あかんかったらすぐやめればいいのさ!」
と、自分に暗示し、電話もかけずに、勢いでハンバーガーショップの裏口の扉をノックした。
しばらくすると、
「は~いい。ちょっとまってね~。」
かん高い声が聞こえた。
(おっ!これは、綺麗なお姉さん店長では無いのか!!へへへ~~。)
と、よからぬ妄想を抱いていたその時
ガチャ
扉が開いた。
「あら~。可愛い。何?どうしたの?学生さんね。と・い・う・こ・とわ~・・・。バイトね。」
「!!」
私は声が出なかった。まさに蛇ににらまれたカエルである。
目の前に現れたのは、
身長190cmをゆうに超す、筋骨隆々のまさにネプチューンマンであった。
※ネプチューンマンを知らないみんなはお父さんに聞こう!
(これか!先輩達がびびっていたのは!あんただったんだな!ネプチューンマン店長!)
私は、目の前に現れた怪物を直視することが出来ず、そのしゃべり方でもう、はい。お察しの通りですよ!!
「男の子がいなくて困っていたのよ~。みんなやめちゃって。バイトしたいんでしょ。いらっしゃい。」
私は、半ば強引に事務所に引きずり込まれたのである。
「ふ~。焼き場にね。男の子が必要なの。焼き場ってね、結構重労働なのよ。高校生の女の子は時間も制限されているし、日曜日とかお客様が多い時は、そりゃ~もう大変なんだから・・・。」
ネプチューンマン店長は、私を椅子に座らせ、何も聞いてないのにしゃべりはじめた。
しかし、その話ぶりは真剣で、身振り手振りで私にここの現状を話してくれた。
私は、なぜだかその話に共感してしまい、彼がネプチューンマンだのオ○マだのを忘れていたのである。
(先輩達が言うほど、悪くないな。よし、決めよう!)
「あの、店長、ここでバイトさせて下さい。」
「本当!! ありがとう!! じゃ、簡単だけど、面接させてもらうわね。」
そして、私はこのハンバーガーショップでバイトすることになったのである。
焼き場は本当に大変だった。次から次へと来るオーダーに、ネプチューンマン店長と、時間も忘れ調理していった。
「ぐずぐずしてんじゃね~よ!フライあがってんじゃね~か!」
ネプチューンマン店長は、時々本当のネプチューンマンになったりした。
「ひ~!すんません!」
私は、怒られつつも、必死に頑張った。もしかしたら先輩達はバイトの厳しさについていけなかったのかもしれない。
それから1年が経ち、私も一人前のパティ焼き職人になっていた。これもネプチューンマン店長の指導のおかげだ。
普段は温厚で、高校生達の良き理解者であり、 私も可愛い妹達に囲まれ、バイトライフも充実していた。
それに伴ってお店の売上げも上がっていった。なにしろこのころのチームワークは完璧であった。
今のところ、バイトの指導はされたが、夜の指導はされていない。
そう見えるだけで、そうではないのかもしれないが、お客様が来店してきた時の、
「いらっしゃいませ~~~~~~~~~~!」
という声の響きが、今でも耳に焼き付いている。お客は一瞬たじろぐが、かえってホールをなごませるのである。
バイトをして丁度2年が過ぎたときである。新しく一人の女子高生の山本さんがバイトに加わった。
可愛い顔をしているが、服装や態度が少し、当時の女子高生のそれとは毛色が違うように私は感じていた。
なにかと問題を起こす娘で、釣り銭が合わないだの、客が気にくわないだの、泣き出すだの、ネプチューンマン店長もほとほと手を焼いていたのである。
私もかなり相談を受けた。
「う~ん。私の指導が悪いのかしら。」
「いや、店長、駄目な子は、何いっても駄目っすよ。」
「う~ん。でも、やれば出来る子だと思うのよね。家庭も複雑だしあの子・・・。私に出来る事って無いかしら・・・。」
店長はかなり悩んでいる様子である。本当にいい人だ。
ある日、
「休憩いってきま~す」
と、山本さんが休憩にいったきり、待てど暮らせど帰ってこない。もうかれこれ2時間になる。
ここは15分休憩のバイトだったため、いくらなんでも長すぎる。
さいわいなことに、その日は暇だったため、焼き場とホールは高校生にまかせ、1年前に入ったM君とネプチューンマン店長と狭い事務所で作戦会議を開いた。
「もう、帰ったんじゃないですかね。」
M君は言う。
「う~ん。俺もそう思いますよ。それか、飛んじゃったか。」
「何言ってるの!!あなたたち!事故でもあったらどうすんの!」
それは、その通りである。
「探しに行くわよ!」
店長が言ったか言わないかそのときである。
ガチャッ 「ただいま~。で~す。」
なんと、山本さんが帰って来たではないか!!
「山本!おめー何してたんだ!!みんなどんだけ心配してたとおもってんだよ!」
私も、思わず大声を張り上げてしまった。
焼き場やホールの高校生達も騒動を聞きつけ、狭い事務所に集まってきた。
「あなたね。バイトなめてるでしょ。」
「何か言うことないの!みんなを心配させといて。なんで、こんな時間まで休憩ができるんだ。」
「理由をいえっていってんだろ~が~!!」
店長は怒っていた。そりゃそうである。アルバイト学生を預かるということは、責任を伴う。
高校生はまだ、こどもなのだから。
店長が、徐々にネプチューンマンに変化していく。そのあまりの迫力で、泣き出す女子高生もいた。
現場は、重たく、何とも言えない空気が漂っていた。
そんな空気の中、突然山本さんが口を開いた。
「店長のバカーーーーーーーーーー!!!!」
トンでも無い大声を張り上げ、そのまま山本さんは扉を開け、外に出て行った。
そして、トンでも無い力で扉を閉めたのである。
バァーーーーーーンッ!!!!
一瞬の沈黙が流れた・・・。
そして
ばい~~~~~~~~~~~~~ん。
ドンガラガッシャ~ン!!!!
ネプチューンマン店長の頭にそれは勢いよく落ちてきた。そう見事に。
タライである。
はい。よくコントで頭に降ってくるあのタライである。銀色に輝くそれである。
ばい~~ん。い~~ん。い~ん。
タライは静寂に包まれた現場をあざ笑うかのように、余韻を放ってる。
私は気を失いかけるほど、笑いをこらえていた。他のメンバーもそのようだ。
(なんで、タライを玄関の棚の上においてるの?ねえ?)
(なんで、丁度頭の上なの?ねえ?)
(なんで、タライ降ってきたのに、真面目な顔なの店長?ねえ?)
もう、すべてがおかしくて、おかしくて気が狂いそうだった。
でも、笑ってはいけないのである。そういう事態なのである!
「私、追いかけてくる!」
そういって、ネプチューンマン店長は、タライに触れようともせずに、外に飛び出していった。
「プッ。」
「だ~はっはっはは~~~~~~!」
誰かが口火を切ったとたん、一斉に大爆笑の渦に巻き込まれた。
「あ~。腹いて~。」
私の頭の中には、ドリフの
「テ~ッテッテッテッテッテケテテ、テテテテテテテ~ン」が流れていた。